だいちゃんの心臓移植実現のため活動しています。

両親より

_DSC5060この度は、大輝を救うために、たくさんの方々のご尽力を賜り、誠にありがとうございます。
また、貴重なお時間を割いて「だいちゃんを救う会」を結成してくださった皆様に、心から感謝いたします。

大輝は、2014年11月4日、3485gで生まれました。その後は人一倍大きく、元気に成長し、8カ月の時点で寝返り、一人座り、つかまり立ちができていました。その頃はまだ、病気になるとは全く思わず、日常は当たり前のように続くものだと思っていました。

ところが、2015年7月15日、その日常は一変しました。大輝は自宅で突然心不全に陥り、倒れました。幸いにも近所の小児科の先生、大和市立病院の先生方の迅速な応急処置と搬送、国立成育医療研究センターの先生方の適切な治療により、何とか一命を取りとめました。

一歩でも躓いていれば、大輝の命はなかっただろうと思います。言葉を選びながら説明してくださった先生、集中治療室で変わり果てた大輝の姿、これは現実なのか、理解するのにかなりの時間がかかりました。

この日から、苦悩の日が始まりました。大輝の心臓は炎症を起こして腫れ、動きも悪くなっていることがわかりましたが、それが一過性のものなのか、そのままになってしまうのかはわからず、不安な日々を送りました。機械に囲まれて寝ている大輝を見ながら、これは一過性のものだ、何万人、何十万人に一人の病気に、そうそうなるわけがない、そう心に言い聞かせていました。元気になって少し大きくなったら、自転車に乗ってどこか遠くに行ってみよう、外で泥だらけになったり、虫でも捕まえて帰ってきたり、家の中が少々めちゃくちゃになったとしてもいい、とにかく元に戻ってほしい、それだけを願っておりました。

8月、私たちが一番聞きたくない検査結果が出ました。拡張型心筋症。そうじゃない、そのはずがない、そう思いながらもインターネットや本などで調べていた病名でした。覚悟はできていましたが、宣告されると、やはりショックでした。今後どうなってしまうのだろうか、心臓移植しかないのだろうか、考えても大輝の病気が治るわけではないのはわかっていましたが、毎日毎日、考えていました。

9月、少し元気を取り戻し、ご飯を食べたり看護師さんからミルクの瓶を奪い取るようにして飲んだりしている大輝をみていると、少し希望を持つようになりました。運動ができなくてもいい、自転車も乗れなくてもいい、生きていれば他にももっとできることはある、とにかく自分の心臓で生きてほしい、そう思うようになりました。しかし、それも長くは続きませんでした。再び心不全に陥り、先生からは内科的治療の限界を言い渡されました。本人にとって何が幸せなのか、楽しい思い出はあるのか、生まれてきてよかったと思えるのか、どうすることが最善なのか、考えても答えは出ませんでした。

10月、私たちは心臓移植待機の道を選択しました。そこには大輝の意見はありません。親として子供の命をあきらめきれない、それだけの思いです。今後のことを東大病院の先生、入院中の成育医療研究センターの先生、看護師さんと、随分長い間、話し合った末の決断でした。このまま退院して最期を迎えるのか、厳しい道かも知れませんが、東大病院に奇跡的に空きがある補助人工心臓を付けて移植待機をするのか、考えました。しかし、考えてもその場では答えは出ません。家に持ち帰っても答えは出なかったと思います。話が行き詰ったところで先生から一言、お話がありました。その一言がなければ、いま大輝は生きていなかったかも知れません。

治療の話に私情を挟まない先生ですが、たまらず出てしまったのかも知れません。「もし自分の子供が心筋症になったら、きっとあなたたちと同じように途方に暮れると思う。どうしてよいのかもわからない。でも大輝君は今でも奇跡的に生きている。一命を取りとめたのも奇跡、自分の心臓で何とか生きているのも奇跡、心臓以外の疾患がないのも奇跡、補助人工心臓の空きがあるのも奇跡。補助人工心臓を付けての待機は、単なる延命ではない。それを付ければ、元気になれる。食事制限はなくなり、好きなだけ食べられる。親として、子供が立って歩く姿だって、成長する姿だって見ることができるんだ。」そのような内容だったと思います。先生も辛かったと思います。しかしその一言で、私たちは決断しました。そうです、大輝は懸命に生きているのです。私たちがここであきらめれば、大輝の人生は寝たきりのまま終わります。元気になれる道がまだあるのなら、あきらめてはいけない。そう思うようになりました。

大輝は今、東大病院に転院し、補助人工心臓を付けていただいたおかげで、見違えるように元気になりました。食事制限はなくなり、好きなだけ飲んで、食べています。リハビリも楽しく受けており、立つ練習を毎日楽しみにしています。先生のおっしゃっていたことは本当でした。あのときの決断は正しかったと、思えるようになりました。しかし、これは機械のおかげであり、この状態も長くは続けていられません。補助人工心臓のホースを通すためにお腹に開いた穴から、感染症を起こし、度々高熱にうなされています。血栓ができて脳に飛べば、脳梗塞になります。そのリスクを負いながら、大輝は生き続けています。一番動きたい盛りの1歳の時期に、ホースで機械とつながれて生きています。そんな大輝をみていると、1日のほとんどをベッドの上で過ごす日々から解放してあげたい、普通の日常を過ごさせてあげたい、何よりもまた家族で一緒に過ごしたい、こう思わない日はありません。

2015年の年末、東大病院の先生方のご尽力により、アメリカのコロンビア大学医学部付属病院より、受け入れてくださるとのお手紙を頂きました。しかし、国外での治療は実費となるため、私たちの稼ぎでは到底支払うことができません。そこで職場の有志、友人たちが「だいちゃんを救う会」を結成してくださいました。本当にありがたいという気持ちしかありません。私たちは、もうここまで来たら、どこへでも出て行って頭を下げよう、お願いに伺おう、大輝のためなら恥も外聞もかなぐり捨てよう、そう思うようになりました。親としてできることは、このぐらいしかありません。

大輝を助けるためには、皆様のご厚意にすがるしかありません。どうか大輝の未来のために、大輝を救うためにお力を貸してください。ちいさな大輝にはまだわかりませんが、わかるような歳になったら、なぜ今生きているのかを、必ず言って聞かせます。必ず、社会のためになるような人間に育てます。どうか大輝を助けてください。よろしくお願いいたします。

迫原 慶治
早紀

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